2019年2月3日のメッセージ(音声視聴できます)

使徒行伝第20章17節~38節

そこでパウロは、ミレトからエペソに使をやって、教会の長老たちを呼び寄せた。そして、彼のところに寄り集まってきた時、彼らに言った。

「わたしが、アジヤの地に足を踏み入れた最初の日以来、いつもあなたがたとどんなふうに過ごしてきたか、よくご存じである。すなわち、謙遜の限りをつくし、涙を流し、ユダヤ人の陰謀によってわたしの身に及んだ数々の試練の中にあって、主に仕えてきた。また、あなたがたの益になることは、公衆の前でも、また家々でも、すべてあますところなく話して聞かせ、また教え、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、強く勧めてきたのである。今や、わたしは御霊に迫られてエルサレムへ行く。あの都で、どんな事がわたしの身にふりかかって来るか、わたしにはわからない。ただ、聖霊が至るところの町々で、わたしにはっきり告げているのは、投獄と患難とが、わたしを待ちうけているということだ。しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。わたしはいま信じている、あなたがたの間を歩き回って御国を宣べ伝えたこのわたしの顔を、みんなが今後二度と見ることはあるまい。だから、きょう、この日にあなたがたに断言しておく。わたしは、すべての人の血について、なんら責任がない。神のみ旨を皆あますところなく、あなたがたに伝えておいたからである。どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。わたしが去った後、狂暴なおおかみが、あなたがたの中にはいり込んできて、容赦なく群れを荒すようになることを、わたしは知っている。また、あなたがた自身の中からも、いろいろ曲ったことを言って、弟子たちを自分の方に、ひっぱり込もうとする者らが起るであろう。だから、目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。今わたしは、主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねる。御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。わたしは、人の金や銀や衣服をほしがったことはない。あなたがた自身が知っているとおり、わたしのこの両手は、自分の生活のためにも、また一緒にいた人たちのためにも、働いてきたのだ。わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。

こう言って、パウロは一同と共にひざまずいて祈った。みんなの者は、はげしく泣き悲しみ、パウロの首を抱いて、幾度も接吻し、もう二度と自分の顔を見ることはあるまいと彼が言ったので、特に心を痛めた。それから彼を舟まで見送った。

 

「パウロの決別説教」

 

1. パウロの伝道観

今回の聖書の箇所には、第3回の伝道旅行の帰りにミレトという港町に着いたパウロが、エペソから長老たちを招いて語ったメッセージが記されています。ここでなされた説教は、ユダヤ人や異邦人のためにされた今までの伝道説教とは違って、クリスチャンのため、特に教会指導者たちのために語られた説教です。そして、このメッセージからは、パウロの伝道観(18節~27節)、教会観(28節~31節)、聖書観(32節~35節)を知ることができます。

まず、パウロの伝道観(18節~27節)です。ここにはパウロの伝道に対する考え方とその姿勢が鮮やかに示されています。(19節)「すなわち、謙遜の限りをつくし、涙を流し、ユダヤ人の陰謀によってわたしの身に及んだ数々の試練の中にあって、主に仕えてきた。」と言っています。

ここで大切なことは、「主に仕えてきた」ということです。パウロの伝道の基本姿勢は、主に仕えることでした。では、どのように主に仕えてきたのでしょう。

第1に「謙遜の限りをつくし」、第2に「涙を流し」、第3に「数々の試練の中にあって」…、つまり、謙遜と愛と忍耐をもって、ひたすら「主に仕えてきた」というのです。

さらに、彼の伝道姿勢は命がけのものでした。今、パウロはエルサレムに上る途中ですが、「あの都で、どんな事がわたしの身にふりかかって来るか、わたしにはわからない。(22節)」と言っています。ただ投獄と患難とが彼を待ち受けているということ以外は何一つわからない。しかし、彼にはそれで十分でした。なぜなら、「自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない(24節)」というのが、彼の伝道姿勢だったからです。

パウロにとっての最大の関心事は、自分の生命がどうなるかということではなく、「神のめぐみの福音をあかしする任務を果し」終えることができるかどうかなのです。

 

2. パウロの教会観

次に、パウロの教会観です。

28節に「神の教会」という表現が出てきます。このように表現されているのは、使徒行伝の中でここだけです。教会は本質的に神に属するもの、神の所有であるというのがパウロの教会観の基本です。なぜなら、教会は「神が御子の血であがない取られた」ものだからです。教会は神に起源をもつのです。その所有権は神にあります。教会は誰が開拓し、誰が創設しようが、その人の物ではありません。牧師の物でも役員の物でも信徒の物でもありません。

それは、あくまでも「神の教会」なのです。その大切な教会を牧させるために、聖霊があなたがたを群れの監督者にお立てになったのだと、パウロはエペソの長老たちに言っています。

ここでいう「監督」という言葉は、「注意して見張る」という意味の言葉で、神から委ねられた神の民に対する教会指導者の教会的配慮をする務めを指しています。ここでは長老たちに向けて語られていますが、今で言うなら、教会の役員たちのことです。役員たちは、「神の教会を牧させるために、聖霊によって立てられている」という認識は、教会を正しく運営する上でまことに重大なことです。ですから、長老たちは、「自分自身に気をつけ」なければなりません。自己管理ができない人に、教会の管理を任せられるはずはありません。人の世話ばかり一所懸命やっていて、自分自身の養いが疎かになってはならないのです。

さらに、「すべての群れに気をくばっていただきたい(28節)」と言っています。

教会の将来は決して楽観視できません。間違った教えをもった偽教師が教会の中に入り込んで、クリスチャンを惑わす危険はいつもあります。だから指導者の責任はとても重大です。

 

3. パウロの聖書観

3番目に聖書観です。

「今わたしは、主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねる。御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。」(32節)

パウロは、神の言葉は2つの力を持っていると言います。

1つは、信徒たちを育成する力です。育成するという言葉の元の意味は、「建てる」です。つまり、信仰者が建てられるのは、個人的にその徳が建てられるということではなく、他の聖徒らと共にキリストの体として立て合わされることをいうのです。その意味での育成です。そしてそれを可能にするのは御言葉なのです。

もう1つの力は、聖徒たちに神の御国と永遠の生命を受け継がせることができる力です。

私たちが御国を実際に継ぐに至るまでの過程、地上での信仰生活においては、さまざまな紆余曲折があります。そのような中で、御国に至るまでの間、クリスチャンを支え、導き、矯正するのは、神の御言葉です。人の考えも変わるし、周りの状況も変化します。自分自身も変わりやすく、心もとない存在です。しかし、神の御言葉は変わりません。

この御言葉を信頼するとき、御言葉が私たちを御国に至るまで守り、導き、全うし続けてくれるのです。

パウロは、このような聖書信仰に立っていたので、これから多くの危険が降りかかってくると予測される中でも、彼らを「神とその恵みの言にゆだねる」ということができたのです。

パウロは、聖書、すなわち神の御言葉を「恵みの言」と捉えていました。御言葉は私たちに恵みをもたらし、私を恵みをもって導くからです。

パウロは、どんなに願っても、エペソに留まることはできません。直接彼らを育成し、彼らが御国を継ぐ日まで面倒を見続けることは不可能です。だから、パウロは、自分の立場を御言葉に置き換えて行くと言っているのです。ここに私たちは、パウロの御言葉に対する絶対の信頼をみます。

そして、イエスが、「受けるよりは与える方が幸である」と言われた御言葉を引用し、生活の基準を御言葉に置いて生きることを語りました。

 

こうして、エペソの長老たちに決別説教を語ったパウロは、ひざまずいて長老たちと共に祈り、涙の別れをしました。彼らに見送られたパウロは、エペソ教会、広くはアジアの諸教会をこの長老たちに託して、新しい伝道の局面へと乗り出していったのです。

 

結び:主に仕え、神の教会につなげられ、御言葉に導かれて生きよう

私は高校一年生の時、Hi-B.A.という、高校生を対象とする伝道を行っている集会に友人から誘われて出席し、夏のキャンプに参加してイエス様を私の罪からの救い主として信じました。そして、家の近くのホーリネス教会に導かれ、翌年、洗礼を受けました。あれから60年。紆余曲折がありました。聖書学院を卒業し、結婚、そして主人が伝道、教会に遣わされてからの48年間は、世間知らずだった私にとってつらい経験もいろいろありました。

先ほど、〇〇姉がお証しをしてくださいましたが、ご自分の歩み振り返るとき、楽しかったこと、嬉しかったことより、つらく悲しいこと、苦しいことの方が思い出されるとおっしゃっていました。

そうです。つらく苦しいときこそ、神と出会い、神と向き合う大切な時だからです。その苦しみの中で、もう一度、自らの氏名を確認させられ、神の教会につなげられている恵みに気付かされていきます。それは、「神とその恵みの言」によるのです。

昨年7月に突然主人を天に送ってからの子の半年は、時間の経過とともにいろいろな思いが私の心の内に起こってきました。そのたびに、御言葉が私の心の支えとなり、道しるべとなりました。そして、神の教会に支えられ、助けられ、励まされてまいりました。

Hi-B.A.は高校生を対象とする伝道の働きですので、高校卒業と同時に卒業式もあります。その卒業式のメッセージが、ここから採りあげられたことを今でも覚えています。

「主とその恵みの言とに、あなたがたをゆだねよ。」

「御言には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。」

みのお泉教会もまた、神の教会であることを覚え、御言葉に励まされて前進いたしましょう。