2018年10月21日のメッセージ

使徒行伝第16章11節~15節

 そこで、わたしたちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着いた。そこからピリピへ行った。これはマケドニヤのこの地方第一の町で、植民都市であった。わたしたちは、この町に数日間滞在した。ある安息日に、わたしたちは町の門を出て、祈り場があると思って、川のほとりに行った。そして、そこにすわり、集まってきた婦人たちに話をした。ところが、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという夫人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた。そして、この夫人もその家族も、共にバプテスマを受けたが、その時、彼女は「もし、わたしを主を信じる者とお思いでしたら、どうぞ、わたしの家にきて泊まって下さい」と懇望し、しいてわたしたちをつれて行った。

 

「主に仕えて生きよう」

 

 すっかり秋らしくなり、朝晩は寒さを感じる季節になりました。次回の礼拝は、三田の教会との合同礼拝ということで楽しみにしております。当教会は、兼牧になっておりますが、牧師だけが2つの教会を行き来するのではなく、教会と教会が良い交わりを持ち、1つにされていったら良いなあと考えています。

 

1. ルデヤとの出会い

 今回も第2回伝道旅行の続きです。

 トロアスで幻を見たパウロは、シラス、ルカとともに船に乗ってサモトラケに直航し、翌日、ネアポリスに着きました。そしてピリピヘと向かいます。

 この11節から始まるギリシャ伝道の記事は、歴史的にも、キリスト教の舞台を小アジアからヨーロッパ大陸に移す画期的な出来事です。そのヨーロッパ伝道における最初の拠点として選ばれた地が、マケドニア州第1の都市ピリピでした。

 ピリピは、皇帝アウグストがブルータスを打ち破った歴史的大戦争(紀元前42年)の跡があることで知られます。この戦争の後、ローマの植民地となり、都市が建設されたので、政治や生活習慣上の小ローマが出現していました。町の長官も、市民の中からではなく、直接ローマから任命されていました。ですから、ローマとは直接的な深いつながりを持つ都市でした。

 世界中に福音が伝えられることを願っていたパウロにとって、当時の世界の中心地ローマへ行くことは、最大の夢でした。ですから、小ローマといわれるピリピでの伝道は、そのローマ帝国の中心に迫っていく第一歩として、大きな意味をもっていたのです。

 このピリピに設立された教会は、パウロのピリピ人への手紙からも分かるとおり、真に優れた教会で、パウロが最も愛し、またパウロを最もよく助けた教会として描かれています。

マケドニアのこの地方第一の町ピリピに着いたパウロは、まずユダヤ人に伝道しようとしました。しかし、ピリピの町には、会堂を造るほどユダヤ人が多くはいなかったようです。会堂を持てない場合には、きよめの儀式に都合のよい川岸などで集会が持たれていることが多いので、パウロたちはその「祈り場」を求めて川岸に行きました。彼らはそこで、祈りのために集まっていた婦人たちに出会いました。その中にテアテラから来ている異邦人の婦人ルデヤがいたのです。

 当時テアテラは商業都市であり、ルデヤは寡婦だったのでしょうか、紫布を扱う商人でした。独特の染色法で作られる紫布は、とても高価なもので、王侯、貴族などの間で使われていた高級品でした。ですから、彼女は相当の資本をもって商売をしていたものと思われます。

 しかも、アジア州のテアテラから、わざわざピリピに市場を求めて来ていたくらいですから、なかなか積極的なやり手の婦人でした。まさにキャリアウーマンですね。主はヨーロッパ伝道の最初の実として、この夫人に目を留められました。

 

2. 心を開いてバプテスマを受ける

 ルデヤは神に心を開いていました。

 14節を見ますと、「主は彼女の心を開いてパウロの語ることに耳を傾けさせた」と記されています。神は誰に対しても、ご自身を無理強いなさらない方です。ですから、ルデヤは喜んで、神が自分の人生に働かれるようにしていたのでしょう。心を開かれたルデヤは、パウロが語ることを聞き、イエス・キリストの福音を受け入れました。

 心を開く…、先入観やこだわりを捨てて、幼子のように素直な心で神の御言葉に聞くことが、信仰への第一歩です。主イエスは、「幼子のようにならなければ、天国に入ることはできない(マタイ18:3)」と言われました。

 ルデヤは、心を開いてパウロの語ることに耳を傾け、イエス・キリストを罪からの救い主として心に迎えました。そして、自分も、また家族もともにバプテスマを受けたのです。

 バプテスマ、洗礼は古い自分に死んで、キリストとともに生きる新しい自分になることを表す儀式です。信者は、キリストの死と埋葬を表すために水の中に沈められ、キリストが死から復活されたことを示すために水から上げられるのです。

 私は高校1年生のとき、クリスチャンのキャンプに参加し、イエス様を私の罪からの救い主として心に迎えました。そして、高校2年生の5月に洗礼を受けました。洗礼はイエス様と私の関係を外部に向かって知らせるサインです。私はクリスチャンですという、自分の立場を公に示すことは大切な証です。

 

3. 奉仕する

 主イエスを信じてバプテスマを受けたルデヤは、パウロとシラスに、「どうぞ、私の家に来て泊まってくださいと懇望し、しいてわたしたちをつれて行った(15節)」と記されています。

 続いて、ピリピにいる間に、パウロとシラスに起こった出来事が記されています。彼らは着物をはぎ取られ、鞭打たれ、投獄されました。厳重に警備するように命じられた看守は、パウロとシラスを奥の牢に入れ、動けないように足枷をかけました。一晩中、二人は祈り、讃美歌を歌いました。

 すると、突然大地震が起こって、牢の戸が開き、足枷の鎖が外れてしまいました。獄吏は目を覚まし、囚人たちが逃げ出したと思い、自殺しようとしたところをパウロが止めます。彼らの証を聞いた看守は、自分も家族も主イエスを信じ、バプテスマを受けました。

 牢獄から出たパウロとシラスは、ルデヤの家に戻りました。

 ルデヤは再び自分の家を開放して二人を保護しました。

 ルデヤは牢獄から釈放されたばかりの使徒たちを、自分の家に滞在させることを恥ずかしいとは思いませんでした。

 クリスチャンになった時、ルデヤは仕事を止めたりしませんでした。恐らく彼女は、外国から来た多くの実業家や貿易商人と交際していたことでしょう。それでも、彼女にとって、パウロとシラスは、ビジネスの相手よりも大切だったのです。

 彼らを招待することがビジネスの妨げになるかもしれないからと言って、支援をためらうことはありませんでした。

 神は、私たちが神を第一にするとき、すべての必要を満たしてくださいます。

 マタイ6:33

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。

 ピリピ4:19

わたしの神は、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたのいっさいの必要を、キリスト・イエスにあって満たして下さるであろう。

 

結び:主に仕えて生きよう

 このようにして、ルデヤはピリピ伝道の初穂となり、その後も教会の大きな力となっていったことでありましょう。

 ルデヤがこのような生き方に変えられるために、彼女は女性たちが祈るために集まる場所にいました。彼女は、適切な時、適切な場所にいたのです。ルデヤは、「神を敬う」者でした(使徒行伝16:14)。彼女は神を必要とし、礼拝する場を熱心に求めていたので真実を見出したのです。

 そして、神は、ルデヤが女性たちとともに祈っていた、正にその場所にパウロをお導きになったのです。

 私たちも真実に神を求め、主を信じ、主に仕えて生きる者にさせていただきましょう。